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homeimpressions>よくよく考えてみると・・・【ani】
その1

 釣りを始めて10年以上、その間、ブラウンはあちこちで釣れるようになったと感じるし、ブラックバスも発見されたりと、外来魚に関する記事を新聞でよく見かけるようになった。
 これらの魚種については、行政も禁止の方向で法整備などをおこなっているようだが、ふと気になったのはニジマスの存在だ。ニジマスも外来魚。だけど規制対象として議論されることは少ない。とはいえ、知床のある河川でニジマスが密放流され、そこにもともと居たオショロコマの姿が見えなくなった、という新聞記事が最近でたように、影響があった可能性を示唆する事例もある。
 異論もあると思うが、個人的には釣りを始めた頃、尻別川支流の真狩川は「オショロコマの川」だった。ところが最近では、オショロコマを見るには非常に苦労する。たくさんのニジマスを釣ったあとでようやく小物がでてくるといった感じだ。ニジマスにオショロコマが駆逐されつつあるように感じてしまう変化だ。それに、特徴的な赤みの強い魚体ではなく、もっと淡い色合いに変化しているようにも感じる。
 折良くNA誌に、渓流釣りの過去と現在を比較する特集が組まれていた。見ると、自分が生まれてから、釣りを始めてからも、ニジマスの生息域は広がり続けているのがわかる。
 北海道全体でとなると、「全体の80%にいたのが82%になった」的な増え方なのだろうが、ひとつの川で見れば、「居なかった魚がやってきた」という意味で、ブラウンやバスと何ら変わりない事態だと思う。そう考えると、ニジマスが規制の対象から外れる理由はいまいちわからない。


その2

 今年から海でもルアーをやるようになり、淡水以上に色んな釣り人と会話する機会が増えた。そこで良く言われるのが、擬似餌に対する疑問と、C&Rに対する文句。どっちもその言い分は理解できる。
 擬似餌に釣りは最初は自分でも疑問を感じながらやっていた。でも慣れてくると、別にエサが一番釣れる釣法ではないことがわかる。エサに較べると遙かに手軽だから擬似餌の釣りメインでやっているだけだ。これも信心の問題で、今ルアーやフライをやっている自分は、たまたまエサより釣れると感じる機会があったから、今に至っただけなのかも知れない。この感覚が極めて私的な範囲に収まっているのは、疑問を呈した相手の目の前で釣れるところを見せたことがないから、というのも実は大きな問題かも知れない(苦笑) C&Rについても、釣りを始めた頃はそれなりにキープしていた。でも、たまに釣れすぎると食わないで捨ててしまう。もったいないと感じる。小さな車で山奥や防波堤の先まで入っていこうとすると、クーラーは邪魔になるので持ち歩かなくなる。そうなると持ち帰るまでに鮮度が落ちる、場合によっては腐る。これまたもったいない。
それに、なんだかんだ言っても、特に渓流魚は取り立てて美味い魚というわけじゃないと思う。やっぱり川臭いからねぇ。それに、明らかに一度釣られた魚が、大きくなってまた釣れたときのなんとも言えない嬉しさを経験すると、無理に持ち帰ろうとは思わなくなった。
 そういう話をすると、「なら釣りやってる意味が無いじゃないか?」と言われる。

 思うに、私と意見してくる人とが見ている「釣り」って実は違うんだろうなぁ。「自分で釣った魚を食うのが楽しい」と「魚を釣るのが好き」というのは、似て非なるものなのかも知れない。「生エサの釣り」と「擬似餌の釣り」も魚のどの感覚に訴えるか?という点で違うものだと思う。
 そうねぇ……三人麻雀と四人麻雀の違いのような、普通のバスケと3on3の違いのような、硬式テニスとソフトテニスのような、6人制と9人制バレーのような、ゴルフとパークゴルフのような……端で見てると「同じだろ?」と言われてしまいそうだけど、やってる本人にしてみると、別物。それぞれに批判する人もいるし、いずれも楽しむ人もいる。結局は人それぞれの趣向でやってる趣味なんだから、あーだこーだ言い合うことなく、仲良く共存したいもんです。

その3

 ドライフライをやっている時、口が開いてしまう。

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